むあ文庫の本01「チョコレート工場の秘密」

2017/8/11

むあ文庫を再開して3か月が経ちました。
初めてお越しいただいた方、もう何度も足を運んでいただいている方、
ほんとうにありがとうございます。

一冊の本との思い出を話してくださる方、
ここで出会った新しい本との出会いを話してくださる方、
そんな話を聞いていると、文庫にある一冊一冊の本について
取り上げる場がほしいなと思いました。
そこで、むあ文庫に所蔵する本の中から毎回一冊選び、
「むあ文庫の本」と題してここに綴っていこうと思います。
まだ読んでいない本を手に取っていただいたり、
懐かしい本に再会するきっかけづくりとなれば嬉しいです。

1冊目は、ロアルド・ダール作「チョコレート工場の秘密」(田村隆一・訳/評論社)です。
私が小学生の時に出会ったとても思い入れのある大好きな物語です。

子どもの頃に読んだときは、単調で読みづらいと思っていた前半部分、主人公チャーリーの貧しい日常の描写が、大人になった今読み返すととても面白いことに気づきました。小さな子どものチャーリーが直面する、目の前にある日常としての貧困があり、その中でも子どもなりにそれを乗り越えようとする努力や譲れない気持ち、生きようとする切実さが描かれています。例えば、水っぽいキャベツばかりの食事の中、家族が少しでもチャーリーに食べさせようと分け与えようとしても頑なに受け取らない場面、少しでも体力の消耗を防ぐために朝は10分早く家を出てゆっくりと学校まで歩いていく、休み時間は他の子どもたちが校庭で遊ぶ中、教室でゆっくり体を休める場面、年に一度だけもらえる板チョコは、毎日ちょびっとずつ噛んでは味わい一か月以上かけて食べるといった場面。他人から見たら滑稽な、でも本人はいたって大真面目、その懸命な努力や気持ちが伝わってきます。かつて、子どもだった私自身も抱えていた、子どもなりに真剣で切実だった気持ちを思い出します。大人になった今でも、大真面目に気持ちを抱えて日々を生きている、だからこそ胸をうつのかもしれません。おじいちゃんが、枕の下に隠しておいたへそくりで、チャーリーにチョコレートを買いに行かせ、二人、震える指で息を殺して包み紙を開ける場面、それを二人で笑い飛ばすのも人生の悲哀に満ち、人間らしくてとてもいいシーンだな、と思います。
チョコレート工場に入ってからは、怒涛のように奇想天外なお菓子や想像を超える風景が次々と出てきて、ひとつひとつ時間をかけて想像してみる楽しみがあります。中でもお気に入りは「食べられるマシマロの枕」「なめられる壁紙」「キョロっと見まわす四角いお菓子」、心躍る世界です。
チャーリーが毎日、家の窓から眺めていたチョコレート工場の煙と甘い香り、それは貧しい少年にとっては夢の夢のそのまた夢のような場所。板チョコ一枚どころか日々の食事もままならない、日に日に死に近づいていくような現実の中、突如現れる異世界。チャーリーの物語は、当時子どもなりに切実に生きていたであろう自分の物語と重なり、現実を乗り越えていくための手段のひとつとして、私の前に現れたように思います。大人になった今でも胸にせまってくる、この世界の悲しみ、喜び、愛情がつまった物語です。