むあ文庫の本03「ここで土になる」

2017/10/18

むあ文庫の本3冊目は、大西暢夫作「ここで土になる」(アリス館/2015年出版)です。
むあ文庫を再開して、
一番最初のBOOKテーマ「閉じない物語」の際に取り上げた写真絵本です。

かつては人が暮らし、汗を流して生きていた村がダム計画によって失われました。その中で失われたものの重さ、喪失感が本編を通して根底に流れているように感じました。村人が出ていく中で、尾方さん夫婦はなぜ村に住み続けているのか、作者はその理由をイチョウの木に見たのだと思います。田口の大イチョウとともにここで生き、大イチョウの根元で大地になる、と。人間が生きていくときに、選択をしていくときに、その拠り所となるのは何だろうかと考えさせられました。2011年3月に起きた東日本大震災の際、放射能による土壌汚染によって亡くなった農家が思い出されました。人が生きる、というのは衣食住が足りているからではなく、自身の心の支柱となる何か、人間が人間らしくあることとも言えそうな何かが各々の中にあるから生きていられるのだと感じられた本です。
「お話を運んだ馬」(I.B.シンガー作)の中で主人公のナフタリが、古い柏の木と出会い、長い旅暮らしをやめて、ここで生きようとつよく思ったというシーンがあります。長い歳月を生きつづける大木というのには、そこで生きたいと思わせる力があるのかもしれません。「柏の木は口がきけない、口がきけたら、どんなにか話があるだろうに」とナフタリが思うのは、古い大木が雄弁に何かを語ろうとしている、とナフタリ自身が感じたのだと思います。「現在は、ほんの一瞬ずつだが、過去はひとつの長い長い物語だ。」
過去を雄弁に物語る大木の根元で、人間は、瞬間だけしか生きない生きものではなく、長い長い物語の中に立つ、人間らしい人間でいられるのかもしれません。