むあ文庫の本05「海のしろうま」

2018/4/19

「海のしろうま」
山下明生 作 長新太 絵(理論社/1980年復刻版)

むあ文庫の中で、おすすめの一冊を、と言われたときに差し出す本です。
私にとって大切な一冊だからこそ、この本について語る言葉を今も探し続けています。
心からおすすめしたい物語です。

1972年に出版された本作を、私は大人になって初めて読みました。大人になって今この時代を生きているからこそ、より深く胸に迫ってきたように思います。主人公の少年が「しろうま」を通して見つめる、生きること死ぬことの大きな不思議についての物語は、自分自身も、その不思議を心に持ったまま生きているのだということを思い起こさせてくれました。
嵐の日に沖へ出て行ったきり帰ってこない「ぼく」の父が住む「しろうまの国」。おそらく「ぼく」が生きている世界とは別の、向こう側のその世界。そこに今にも引き込まれてしまいそうな、そんな危うい「ぼく」をいつも現実の世界に連れ戻してくれるおじいちゃんが、海から戻らなかった夜、「ぼく」が夢の中で「しろうま」の群れに向かって叫ぶ場面は、それが夢なのか現実なのか、犬なのか馬なのか、海なのか空なのか、生きているのか死んでいるのか、分からないほどに全てがないまぜになって迫る波のように、心に深く突き刺さってきます。たてがみを風になびかせた何百何千の白馬の大群が「ぼく」に迫ってくるという描写は、「ぼく」の心の内のうねりをあまりにも的確に表しているように思え、物語というもののもつ不思議な力を感じました。
虚構と現実の境界があいまいになった時、立ち上がってくる物語がここにはあります。この作品は、生きている痛みのようなものを感じさせてくれた物語です。白馬の大群が鮮やかなイメージとなって、いつまでも心に残ります。