むあ文庫の本10「たんじょうび」

2024/01/10

「たんじょうび」
ハンス・フィッシャー/文・絵(福音館書店/1965年発行)

  世の中に「いい本」があるのではなく、それを受け取る気持ちやタイミングが合ったときに、自分にとって「いい本」になるのだと改めて思った一冊です。
 作者ハンス・フィッシャーが4歳の末娘アンナの誕生日祝いに、と描いて贈った絵本「たんじょうび」。物語は76歳のリゼッテおばあちゃんの誕生日を一緒に住む動物たちが祝う、という話。正直、何ということはない話、と思って見過ごしていたこの絵本に、ここ最近とても心惹かれるようになりました。大好きな人のためにケーキを作ったり、花を摘んで飾ったり、サプライズイベントの計画を話し合ったりしながら一生懸命準備する動物たちと、そんな動物たちからの祝福が嬉しくて涙を流して喜ぶおばあちゃんとのやりとり。
 雑誌「暮らしの手帖」を創った花森安治は、自らの戦時中の体験を踏まえて、「戦争がない、ということはそれはほんのちょっとしたことだった。たとえば夜になると電灯のスイッチをひねるということだった。たとえば寝るときには寝巻に着替えて眠るということだった。生きるということは、生きて暮らすということは、そんなことだったのだ。」と書いています。日々の暮らしが、「何ということはない日常」がある時、そこには平和があります。大好きな誰かの誕生日をお祝いする、ただそれだけのことだけど、それが出来る喜びに満ちたこの絵本をよむと、この世界は大丈夫、生きるのに値するのだ、と思えます。49歳で早逝したこの絵本の作者が、この本を受け取った末娘と何度誕生日を祝えたのだろうと想像するとき、より強く今日を生きる奇跡を思います。

◆花森安治の引用文は、読みやすいように漢字と句読点を付けて書き換えています。