実話を元にした絵本

2024/11/28

 実際に起こった出来事や実在の人物を元に描かれた絵本があります。どこまでが事実でどこからが作者の創作なのかということを探るよりも、ある出来事に対して作者がどんな物語を語ろうとしているのか、ということを考えます。一冊の本にしてまで伝えたかった作者にとっての真実の物語がそこにあると思うからです。例えば、カナダの先住民族への同化政策を元に描かれた「わたしたちだけのときは」という絵本があります。髪の毛を切られ、言語を奪われ、家族と引き離されながらも作者が語るのは加害者への糾弾ではなく、自分自身と家族の幸せについてです。
 ある児童文学の研究者が「私たちは物語を介して世界と関わっている」と言いました。怖いのはその物語しかない、と思い込むことです。1950年代の炭鉱の町が描かれている絵本「うみべのまちで」は、祖父や父のように炭鉱で働く自らの将来を受け入れる少年が主人公の物語です。太陽の下、光り輝く海を見ながらの少年時代を謳歌しつつも、いつかは暗い地下の坑道で働く未来が待っています。その物語しか知らない、描けない少年の息苦しさのようなものがその絵本の根底には感じられます。
 *『かつてある教育者が「学校の役割とは子どもを世俗化させること」と言った。〜中略〜世俗というのはどういうことかというと、社会的なものさしをちゃんと身につけさせること。〜中略〜学校がそういう”物語”を子どもたちに提供するのは別に非難されるべきことではない。怖いのは、コマーシャリズムと学校、その二つの”物語”だけで世界が覆い尽くされてしまっている。子どもたちがそれしかない、と思い込むことなのです。』
 時代が変わった今でも限られた物語しか描くことができない息苦しさは存在するのかもしれません。本を読んでいると、たくさんの物語がこの世界にはあることを知ります。なんだかんだあっても生きのびた人の物語や辛い中にも喜びを見出した人の物語。それはそのまま、私自身がこの世界で無数の物語の中に生きているのだということを教えてくれます。

*清水眞砂子「幸福に驚く力」より抜粋