懐かしいのその先へ2

 2021/5/25新聞掲載

 再会の瞬間がありました。
「海のしろうま」(山下明生/作、長新太/絵、1980年理論社)という本があります。ずっと文庫にありながらも私がその本に出会ったのは数年前のことです。「しろうま」と呼ばれる風の強い日にたつ沖の白波をめぐる主人公の「ぼく」と「おじいちゃん」との物語。虚構と現実の間で揺れる主人公「ぼく」の心情は、子どもの頃に読んでも分からなかったかもしれない、今の私だからこそ響く絵本があるのだと知った一冊です。大人になった今だからこそ心の奥底を揺さぶられる絵本、児童文学書との新たな出会いでした。
 もう一冊「ここで土になる」(大西暢夫/著、2015年アリス館)という絵本があります。ダム建設が白紙となった熊本県五木村にある大銀杏の木と老夫婦を撮ったドキュメンタリー写真の絵本です。気づいた時にはもう元に戻らないこともある、何を拠り所にして生きるのか、と問われた気がした本です。文化の根っこともなりうる「自分のものの見方で世界を見ること」そんな創造的な時間を持つことが難しい日常生活への歯痒い思いと、文庫が必要とされなくなることへの歯痒い思いが重なった瞬間であり、文庫再開を決意したきっかけとなった二冊です。

 両親が文庫を開いた当初11歳だった私にとって文庫は、思い出とともにある大切な場所です。このまま使われずに古くなっていく文庫を見るのは淋しいことでした。でもそれだけでは文庫再開には至っていませんでした。そこにある本が、今を生きる自分自身にとって価値あるものだと強く思った瞬間があったからでした。そして同時に、その本たちは私だけでなく、この時代を生きている他の誰かにとっても、きっと価値あるものだとも感じたからでした。

◆ 2021年4月から毎月、某新聞紙において連載中のエッセイです。
むあ文庫をご存じない読者を想定した自己紹介的な目的もありますので、過去のブログの内容と重なる部分もあります。