本をよむ場所

2021/6/25新聞掲載 

毎年この時期になると、庭の手水鉢にトノサマガエルがやってきます。近くに田んぼもなく、どこからやってくるのか分かりませんが、しばらくすると姿を消すので、どこかへ移動するための仮の休憩所のようなものだと勝手に思っています。秋になると、庭の雑木林が蝶の通り道となり、クロアゲハなんかがふらふらと通過していきます。
 本を読む目線を少し上げると、窓からそんな自然に任せた庭が目に入ります。本を持つ私がいて、部屋があって、音が聞こえ、そこには時間が流れています。本の中の世界と私がいま生きている世界とが切り離されることなく同じ場所にあるのが本の魅力のひとつだと思っています。空の本を読みながら空を見上げることも、夜に夜の本を読むこともできます。お菓子を食べながらカカオ農園の本を読んだり、ケガをした時に傷ついた兵士の本を読んだりすることもあります。そうやって、自分自身が今いるこの場所の在処を探っているのだという気がします。

 I.B.シンガー「お話を運んだ馬」の中に「きょう、わたしたちは生きている、しかしあしたになったら、きょうという日は物語に変わる。世界全体が、人間の生活すべてが、ひとつの長い物語なのさ」という言葉がでてきます。物語世界から現実世界へとゆるやかに開かれた場所へ、と今日も本をよむ卓上に庭の花を一輪挿しています。

◆ 2021年4月から毎月、某新聞紙において連載中のエッセイです。
むあ文庫をご存じない読者を想定した自己紹介的な目的もありますので、過去のブログの内容と重なる部分もあります。