地図と余白

2021/7/25新聞掲載 

 近所の「裏道」を描いた小さな地図をつくりました。地図はご自由にお持ち帰りいただけます。道に裏も表もないのですが、何となく人通りが少なくて、車も通れないような細い道をそう呼んでいます。カタツムリの這う崩れかかったブロック塀、力強い竹の根っこで浮き上がった凸凹のアスファルト道、秋には黄色いイチョウの葉で埋め尽くされる地面、とそこには人の手によって整備された表通りとは違って、人間以外の生き物の息遣いを感じることができます。薄暗い竹林や古い橋の下は、少し不気味で、細い川の中に生息する生き物たちの生活はにぎやかで、そんな街中の余白の様な場所に魅かれます。

 文庫内には様々な絵本や物語がありますが、読み手自身の心の奥底にある物語が現れたり変容したりしていく、そんな想像力が入っていく余地のあるものが好きです。一日の地図、体の地図、家族の地図など、落書きの様なたくさんの地図が載った「ちずのえほん」(サラ・ファネリ/作、1996年フレーベル館)という絵本があります。鳥には鳥の地図があり、猫には猫の、蝶には蝶の地図があるように、「地図」には、それを描く者にとっての世界の認識の仕方が現れるようです。意識している物事が頭の中で点々と記されていき、やがて地図になっていくことで見える世界は私そのもの。最近、店で柚子や金柑のケーキを出すようになってからは、近所に点在する柑橘類の木が新たに私の地図に加わりました。

◆ 2021年4月から毎月、某新聞紙において連載中のエッセイです。
むあ文庫をご存じない読者を想定した自己紹介的な目的もありますので、過去のブログの内容と重なる部分もあります。